《序章》
「親も高齢になったし、今後のことを考えないとな・・・」
一郎(53)は、職場から自宅に戻る道すがら、遠方で暮らす両親のことを思い浮かべました。
最寄駅から一郎の自宅までは、ゆっくり歩いて約10分。
道は人通りも少なく、考え事をするにはちょうどいい機会です。
一郎の父である太郎は80才、母の花子は78才。
二人とも病気知らずであまり気にかけていませんでしたが、先日、ある事件が起こりました。
それは、花子のオレオレ詐欺未遂事件。
先月、会社で仕事をしていると、一郎の携帯電話が鳴りました。
電話は両親が暮らす町の警察署からで、内容は「花子が400万円の詐欺未遂にあった」とのこと。
警察の説明では、一郎の名をかたる男から実家に電話があり、以下のような内容を花子は信じたそうです。
「風邪を引いた。今から病院に行く。」
「同僚の経理担当とお金を使い込んで、仮想通貨に1,000万円投資した。お金は暴落で200万円になった。」
「無くなった800万円のうち、自分が半分の400万円を返さないといけない。」
「お金を返せないと首になり、退職金も貰えない。警察にも逮捕されるかもしれない。」
「この件は誰にも言わないでほしい。」
「今すぐ400万円を貸してもらいたい。お金を下ろしたらこの番号に電話してくれ。」
慌てた花子は最寄りの金融機関に行き、400万円を現金で引き出そうとしたところ、銀行員が不審に思い警察に通報。
花子は、すんでのところで詐欺を免れたとのことです。
一郎は、まさか自分の身内にそんなことが起きるとは思いもよりませんでした。
その日以降、花子はもちろん、太郎や一郎もショックを受け、元気を無くした状態が続いています。
これから同じようなことがあった場合、太郎や花子を守れるのか一郎は自信がありませんでした。
そこで、色々と対策を調べたところ、「成年後見」や「家族信託」という方法があることを発見。
どちらも高齢者を守るための制度ですが、それぞれメリット・デメリットがあるようです。
一郎は、年老いた両親を守るため、よりよい選択をしたいと司法書士事務所を訪れました。
《第一章》
一郎が訪れたのは、「祝活・想続あんしんサポート」というHPを運営する司法書士事務所。
自宅からは電車で30分以上かかりますが、それでも足を運びたいと考えました。
この事務所を選んだ理由は、終活を「祝活」、相続を「想続」と表現していた点。
「終活」という無機質な言葉に違和感を感じていた一郎にとって、この用語は新鮮でした。
司法書士事務所に着くと、一郎はさっそく司法書士に「祝活」「想続」の意味を質問します。
司法書士は、質問されたのが嬉しいらしく、ニコリと笑顔を見せました。
司法書士の説明によると、「祝活」は、生前整理が寂しいものではなく、「本人や親族にとって喜ばしいもの」という理由で名づけたとのこと。
「終活というと、終わった後は何も残らないイメージがありますが、生前対策は家族に対する贈り物です。」
「贈り物という理由は、生前対策は、残された家族が仲たがいしないために行われるためです。」
司法書士は熱っぽく語りました。
「想続」も、「肉体はなくなっても、想いは遺族に残すことができる」という意味でつけられたそうです。
司法書士は、「相続は、単純に物を引き継ぐだけではない」ことを想続という言葉で伝えたいとのことでした。
たしかに、親が生前整理することで、周りの人に不利益はありません。
むしろ、老いという現実に対処しないため、オレオレ詐欺事件は多発しています。
太郎や花子の友人には、すでに他界した人も数多くいます。
いつかは太郎や花子もこの世を去り、働き盛りである一郎も例外ではありません。
人が亡くなるのは悲しいことですが、これも考え方次第。
仏教には「生々流転」「転生輪廻」、キリスト教には「天国に還る」という言葉もあります。
そう考えると、一郎の心から「終活」や「相続」の暗いイメージが消え去り、太郎や花子と前向きな話ができる気がしました。
《第二章》
一郎が司法書士から受けたアドバイスは、以下のような内容です。
「まずは、太郎さんと花子さんに今後のことを考えてもらえるよう、一郎さんの想いを伝えてもらいたい」
「祝活や想続は、家族一人で考えるのではなく、家族一丸となって考えるもの」
「家族一人が前のめりになり、話し合いがうまくいかないケースは非常に多い」
たしかに、司法書士に相談することも、太郎や花子に伝えていません。
一郎は、自分が祝活や想続について切り出すことを考えると、両親はどんな反応をするだろうと不安になりました。
しかし、悩んでいても仕方ないと思い、勇気を出して日曜日の夕方に花子に電話。
花子には、両親の今後について司法書士に相談したことや、「祝活」「想続」という考え方を冷静に伝えました。
花子は、話の内容に、一瞬戸惑った様子を見せました。
しかし、自分自身が詐欺未遂にあったことや、一郎の熱意もあり、最終的に「お父さんと相談してみる」との返答を得ることができました。
その日、一郎が喜びを噛みしめたのは言うまでもありません。
《第三章》
一郎と花子の電話から三日後、花子から、「きちんと祝活と想続について考えたい」と返答がありました。
一郎はすぐに司法書士に報告し、今後どのように話を進めたらよいか相談。
司法書士によると、今回は、「家族信託」「成年後見」「任意後見」「遺言」を利用できる可能性があるとのこと。
それぞれの制度の特徴を聞き、改めて、専門家に相談して良かったと一郎は思いました。
一生に一度のことでもあるため、司法書士には両親の実家まで出張を依頼。
太郎と花子の反応を一郎は心配していましたが、その心配は杞憂でした。
太郎と花子は、老後の不安や家族の悩みを司法書士に告白。
両親は一郎の想像以上に家族のことを考えており、一郎は胸が熱くなるのを感じました。
結果的に、今回は家族信託制度を利用することに決まりました。
細かい打ち合わせを含め、手続完了までに3ヶ月ほど要しましたが、その間、太郎と花子から一郎は何度お礼を言われたか分かりません。
一連の手続を済ませ、一郎は終活が「祝活」であり、相続が「想続」であることを実感しました。
エピローグ
「自分も年を取ったし、今後のことを考えないとな・・・」
白髪の男性は、病院から自宅に戻る道すがら、息子や孫の顔を思い浮かべます。
男性の最寄駅から自宅までは、ゆっくり歩いて約10分。
73歳になった一郎は、清々しい気持で、足取り軽く自宅に向かいます。
~完~
著者から一言
一郎と、その家族の物語を読んでいただきありがとうございました。
この物語は、お気づきのように、一部の人にしか関係のない話ではありません。
平成28年9月15日時点で、65歳以上の高齢者人口は3461万人。
総人口に占める割合は27.3%と、増え続けています。
もしあなたが、一郎のように老後の不安や悩みをお持ちでしたら、生前対策の専門家にぜひご相談ください。
人生という糸を未来へ紡いでいくために。